「AIは『人間の敵』ではなく、勉強ツールとして『人間の優秀なパートナー』となっています」
囲碁棋士 大橋拓文六段

2019年の囲碁界は、若手棋士の台頭が目覚ましかった。「名人」「王座」のタイトルを史上最年少で獲得した20歳の芝野虎丸二冠、「竜星戦」で女性初の準優勝を成し遂げ、女流棋聖に加え女流本因坊を勝ち取った18歳の上野愛咲美女流二冠らの活躍が大きく報じられた。

「囲碁AIを積極的に活用する若手が、どんどん力をつけています」と語るのは、囲碁AIに詳しい大橋拓文(おおはし・ひろふみ)六段。大橋さん自身もアマゾン ウェブ サービス(AWS)を駆使し、AIを利用した囲碁研究では先駆者的な存在だ。「囲碁AIの実力はもはや人間を超え、かつての『戦う相手』から、今や『よき勉強ツール』となりました。棋士たちの間ではAWSを使うことで、囲碁AIが身近な存在になっているんです」

AWSがサポートする囲碁AIと棋士の挑戦
日本製の囲碁AIである「GLOBIS-AQZ」のテクニカル・アドバイザーも務めている大橋六段

大橋さんが囲碁を始めたのは、4歳の頃、父の影響だった。その父は現在、定年退職後に囲碁教室を開いているという。幼いころから大橋さんは勝利を重ね、中学生時代にはプロになろうと決意し、2002年に17歳でプロの囲碁棋士になった。この前後から、囲碁界にもデジタルツールが徐々に登場する。

「僕が中学生の頃、コンピューター関連の仕事をしていた父が『棋譜ソフト』を買ってきてくれました。早速対局後に、本来は互いの手順を紙に書き記す『棋譜』をこのソフトで入力、印刷して師匠に提出しました。当時はまだ職人気質のところもあったので問題視されましたね」と笑う大橋さん。「僕は、ちょうどデジタルとアナログの狭間世代ですが、デジタルを取り入れるのが人よりは少し早かったと思います」

大橋さんが囲碁AIに興味を持ったのは、まだAI草創期だった2010年頃。当時は「コンピューター囲碁」と呼ばれており、研究が盛んな電気通信大学などをたびたび訪れ、多くの囲碁AI開発者と知り合った。囲碁は縦横に線が19本ある「19路盤」の交点に白と黒の碁石を置いて陣地を競うゲームだが、囲碁は盤面が広い上に局面が様々に変化して形勢判断が難しいため、AIといえども人間にはそんな簡単には勝てないだろう、と長らく考えられていた。

「僕も、囲碁AIがここまで急速に強くなるとは考えていませんでした。『人間を超えるのはあと30年くらい先だろうから、囲碁AIは老後の趣味にしよう』と思っていたぐらいです」

しかし、転機が訪れたのは2016年3月。なんと囲碁AIが、世界トップ棋士の1人だったイ・セドル九段(韓国)に勝利したのだ。AIが人間を超える日がこんなに早く来るとは、と囲碁界は大騒ぎになった。これはディープラーニングの導入によるもので、その後も研究が進み、囲碁AIは飛躍的に強くなっていく。そのイ・セドル九段は昨年、「AIには勝てない」という言葉を残し引退した。早い段階から囲碁AIに関わっていた大橋さんには、AIの世界大会の解説や、AIに関する講演、寄稿などの仕事が増えていった。2017年には『よくわかる囲碁AI大全』(日本棋院刊)を出版している。

そうして囲碁AIが進化していく中、個人が囲碁AIをパソコンにインストールして使える環境が次第に整ってきた。大橋さんは2018年7月、囲碁AIを手元に揃えることにした。「でも囲碁AIには、画像処理のできるパソコンと、それを使うための多くの電力が必要で、残念ながら賃貸で借りたばかりの自宅のアンペア数が足りないことが判明したんです。するとちょうどその頃に、知り合いの囲碁AI開発者から、AWSというAmazonのクラウドを使えば、普通のノートパソコンでAIを使えると教えてもらい、すぐに導入することを決めました」

AWSを使い始めた当初は、設定方法でわからないことも多かったが、2018年の10月に、AWSを活用する起業家や開発者が利用する「AWS Loft Tokyo」(東京・目黒)のオープンを知り、通うようになった。

「AWSの素人が1人で試行錯誤するより、AWS Loft Tokyo内にある『Ask An Expert カウンター』でエンジニアに直接質問をしてみようと思いました。訪れてみると、知り合いの囲碁AI開発者が何人も来ていました。今でも彼らがプログラムを書いている隣で、囲碁AIを動かしながら、分からないことを教えてもらっています。AWSはユーザー同士のコミュニティがあるのがいいですね。今も週2回ほど通っています」

こうして大橋さんはAWSの使い方を習得した後、周囲の棋士たちにも紹介していった。大橋さんをはじめ、AWSの初期設定の方法を習得した棋士が、他の棋士たちに教えて回ったり、上野女流二冠もAWSの使い方を分かりやすくまとめたマニュアルを作って配布したりした。今では多くの棋士が、AWSを使って手軽に囲碁AIを活用している。

「プロ棋士は月2、3回の公式戦があり、それ以外の時間のほとんどを囲碁の研究に費やしていますが、そこで囲碁AIはもう欠かせない存在となっています。僕は1日4時間から5時間、多い人になると10時間くらい、囲碁AIを使っていますね」

囲碁AIは、その局面での形勢判断の勝率と、次の一手を打つ可能性のある場所ごとの勝率を表示する。そのためプロ棋士たちは、対局後に自分や相手の打った手筋の良し悪しを検討したり、新たな布石を考えたりする際にその勝率を調べることができる。インターネットさえつながれば、世界中どこからでも見られるというのも、AWSの利点の一つだ。

「僕は自分の対局や囲碁の普及活動、そして囲碁AIの世界大会などで海外へ行く機会も多いのですが、AWSのおかげで海外でも手軽に囲碁AIを使うことができて、とても便利です。もしAWSを使わずに自宅のパソコンで導入していたとしたら、電気代や接続状態が心配で使えなかったと思います」

AWSがサポートする囲碁AIと棋士の挑戦
パソコンで囲碁AIの画面を開く大橋六段

棋士の間では大橋さんの呼びかけで、定期的な研究会「プロジェクトAI」も開かれるようになり、上野女流二冠たちも参加している。

「研究会には今30人ほどいて、70代の棋士の方もいますが、10代から30代の若手棋士が中心です。囲碁AIは日本をはじめ中国や韓国、アメリカ、ベルギーなどで開発されていて、それぞれに思考の癖があるので、何種類ものAIを同時に起動して、比較しながら話し合ったりもしています。皆で集まって研究したほうが、普段自分が研究しない手に気付くこともできます。囲碁AIを使い始めて皆2年も経っていないのですが、若い世代は当たり前のように使いこなしています。AIはもはや『人間の敵』ではなく、勉強ツールとして『人間の優秀なパートナー』となっています」

AWSがサポートする囲碁AIと棋士の挑戦

日本にはプロ棋士が約400人、アマチュアは数百万人いて、世界では数千万人が囲碁を楽しんでいるというが、大橋さんは「囲碁AIによって囲碁がより大衆的になってほしい」と考えている。「AIを使えば、野球やサッカーのように対局中の優劣状況がスコアで表示でき、対局を観戦する人たちがより楽しめるものになると思います。ただ囲碁の持つ神秘的な部分が薄れてしまうという意見もありますが」

だが、囲碁の深淵なる神秘の世界は、人間を超えた囲碁AIをもってしてもまだまだ解き明かされていないという。

「『囲碁の神』から見たら、囲碁AIもまだ赤子だと思いますよ。数年前に、囲碁で想定できる局面数は、171桁の数にのぼると証明されました。現在の囲碁AIの学習数はたかだか数十億~数百億局面程度で、たったの10~11桁です。AIですら、1%にも達していない。人間にも学習能力があります。まだまだ、強くなれると思いますし、囲碁界はこれから、もっと面白くなると思っています」

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