「和歌山県は台風が来ることも多いですし、東南海地震が起きたら津波が来る可能性もあります。防災について放送で触れない日はありません」と話すのは、和歌山市を中心に約50万人を対象にコミュニティFM放送「バナナエフエム」を提供しているエフエム和歌山の山口誠二さんだ。災害が起きた時に、ラジオで何ができるかを常に念頭に置いて放送しているという。

彼が防災に対する思いを強くしたきっかけは、2011年の東日本大震災だった。当時すでにエフエム和歌山ディレクターを務めていた山口さんは、避難を呼びかける放送を続けたために逃げ遅れてしまい犠牲となった人がいたと知り、大きなショックを受けた。「そんなことがあっていいはずがない」という思いから解決策を探し始めたが、なかなか実用的なアイデアは見つからなかった。

2017年にようやく見つけたのが、アマゾン ウェブ サービス(AWS)のAI(人工知能)を活用したテキスト読み上げサービスAmazon Polly(アマゾン ポリー)だった。

「同様のサービスはいくつかありましたが、Amazon Pollyは音質が良く、人間の声に近いため長時間でも聞いていられる。それが採用の決め手でした。操作画面もわかりやすく、簡単に使えますし、AWSの利用者は多いので、わからないことがあってもすぐに解決策を見つけることができる。そうした点も、1人でシステム開発を行っている自分にとって大きなメリットでした」

山口さんは、Amazon Pollyに組み込まれている日本語の女性の声を「ナナコ」と命名し、指定した時間になるとナナコが自動的に原稿を読み上げ、ラジオ放送ができるシステム「ONTIME PLAYER」を開発し、実際の放送で使い始めた。

和歌山のコミュニティFM局-AIアナウンサーで災害情報を発信
和歌山のコミュニティFM局、AIアナウンサーで災害情報を発信
エフエム和歌山の外観
和歌山のコミュニティFM局-AIアナウンサーで災害情報を発信

わずか7人のスタッフで運営しているエフエム和歌山にとって、人手が確保しにくい深夜や早朝に、最新のニュースや天気予報を毎日放送することはそれまで難しかったが、「ONTIME PLAYER」を使うことでそれも可能になった。

そのナナコがAIアナウンサーとしての能力を十二分に発揮したのは、2017年9月。台風18号の接近に伴い山口さんが決断した約5時間にわたる台風特番の時だった。

山口さんは、和歌山市が台風の防風域に入る頃に、通常放送を台風特番に切り替え、CMの時間以外は、ナナコが和歌山市内で起きた約4000世帯での停電状況や、台風の進路など、刻々と変わる情報を伝え続けた。

「停電した地域では、停電がいつ解消されるのか、避難しなくてはならない状況なのかわからないまま、暗闇の中で過ごさなくてはなりません。スマートフォンなどで情報を得られる人は限定的ですし、普段のラジオでは、ニュースが流れるまで待たなくてはなりません。だからこそ特番を組んで、情報を待っている人のために、情報を伝え続けることが重要だと思いました。人間のアナウンサーだったら、町名などが延々と続くリストをたった1人で5時間も読み上げ続けるのは、体力面からも無理だと思います。でもAIアナウンサーならそれが可能になるのです」

エフエム和歌山はスポンサー収入だけで運営されているため、台風特番に対するリスナーからの反応が心配だったが、台風が過ぎ去った後から好反響が寄せられてほっとしたという。

「全国放送では伝えられない、地域の情報を必要なタイミングで伝えるというコミュニティFMの役目を果たせたと思います。この経験から、災害時にラジオをつければ、知りたい情報がいつでも聞けると思ってもらえたらうれしいですね」

そうした経験やラジオディレクターとしての知識を生かしながら、他のFM局でも災害時に簡単に使えるようにと、Amazon Pollyが持つ25か国語の音声システムを活用してAIアナウンサーが繰り返し原稿を読み上げるシステム「Da Capo(ダカーポ)」も開発。現在10か所のFM局に提供している。

「いざという時は、Da Capoで様々な言語で避難を呼びかける放送を繰り返しながら、パソコンを持って非難し、安全な場所から放送を再開することも可能です。大規模な災害からの復旧時には、数か月間にわたってどこの避難所に配給があるとか、どこでお風呂に入れるかなど細かな地域の情報を伝えることが必要になります。その時にも疲れを知らないAIアナウンサーは役立つと思います」

*アマゾンウェブサービス(AWS)とは、Amazonが提供するクラウドコンピューティングサービスです。詳しくはこちらをご覧ください